2016-04-29

旅(Viaggio)・プーリア / 南イタリア(Puglia / Italia)XIII <イトリアの谷・マルティーナフランカ Itria/Martina Franca>


 



 

<マルティーナ・フランカ Martina Franca>


 

 
 



<20年以上前に撮った写真> 



マルティーナ・フランカ。

20年以上前にアルベロベッロを訪れた際、列車の乗り換えで立ち寄りました。
駅にロッカーはなく、頼み込んで荷物を預かってもらっての散策。 思ったより大きく、生活感があると感じた街です。

真っ青な空と、白い家並のコントラスト。 混在するバロック建築が映える町。 特にこの地方の、ギリシャを思わせる
白い迷路のような家並は、とても印象的でした。

その時の記憶と、残った数枚の写真が、私を「もう一度プーリアへ行きたい」と思わせていました。
あの時の洗礼式の女の子は、今はきっと素敵な女性になっている事でしょう。



今回はここを拠点に、チステルニーノ、アルベロベッロとロコロトンドへ行く予定でした。
しかし。 チステルニーノから戻り、駅でアルベロベッロ方面の列車を待っている間に、突然の豪雨が。。。

それはあっという間に洪水になり、線路も駅舎も、窪地になっている駅前の駐車場も完璧に冠水。 待合室に避難して
いたところ、水でドアが開いて流されそうになり、慌てて脱出。 いくら駅が低地にあると言っても。 旅先で流されたら
シャレにならない。。。。。

と、命からがら(笑)雨の隙をみて、何とか上の町へと逃げたのでした。

結局、アルベロベッロ再訪は断念し、上の町で一休み。 雨はようやく小降りになりましたが。


雨の中、あの時の聖堂前広場、時計塔は10数年の時を経て、そのままそこにありました。
「カラカラに乾いた、青空の下で光る白い街」というマルティーナ・フランカの残像は、洪水に流されそうなズブ濡れの
イメージに変わりましたが。 それももう一つのマルティーナ・フランカ。

そして夜は、レストラン「COCO PAZZO」にて夕食。 地元のトラットリア。ここではなんと、日本人の若い男性が働いて
いました。 この旅で会った初めての日本人です。

食事をしていたら、突然「日本人の方ですか?」と日本語で声をかけられてびっくり。 私のイタリア語が日本人ぽかった^^;
との事、うう。 ミラノから少しずつ南下して修行しているんだそうです、もう数年も。 頑張って欲しいな。


マルティーナ・フランカとの再会は思っていたのとは全然違いましたが、、、

旅って予想がつかないから面白いのでしょう。 翌日は更に南下して、いよいよサレント半島へ。




 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 

<現在のマルティーナ・フランカ> 
 
 

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 












 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 

<宿泊したB&B "SAVIT">
 
 
 
 
 
 
 
 
 

<B&B室内> 
 
 
 
 
 
 
 
 

<COCO PAZZOのある一角。正面の左がレストラン> 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

<大雨で冠水して来たところ> 
 
 
 
 
 
 
 
 

<この後どんどん大変な事に。。> 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

<昔の写真2> 
 
 
 
 
 
 
 
 

<昔の写真3>
この女の子は今頃、素敵な女性になっている事でしょう。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

<昔の写真4>
佇まいは全く変わりません。